自然数の加法
自然数の定義を受けて、今度は自然数の加法について考えていきます。
今までの自然数の加法
自然数の加法、つまり、足し算のことですが、これが初めて出てきたのは小学生のときですね。みかん2個とみかん3個を合わせるとどうなるか、数えてみると5個になる、これを\[ 2+3=5 \]と書く、というような流れで学びました。1桁の足し算を学んだ後は、2桁・3桁の足し算や筆算での計算を学んで、後は桁数が増えても同じように計算すればいい、という流れで学んできました。
一方、本シリーズではここまでで、ペアノの公理を用いた自然数の定義を見てきましたが、これを受けて、自然数の加法も定義しなおしましょう。といっても、今までと同じ結果になるように定義するので、何か新しいことができるようになるわけではありません。
今まで使っていた「自然数の加法」に適合しつつ、新しい自然数の定義にも適合するような新しい「自然数の加法」をどううまく作っていくか、というのを見ていくことになります。
新しい自然数の加法
さて、自然数の加法について考えていきますが、その前に、(新しい定義での)自然数がどういうものだったか、もう一度見ておきましょう(参考:自然数の定義)。
自然数の定義(ペアノの公理)
集合 $N$ は次を満たすとする。
- $0\in N$
- 各 $n\in N$ に対して、 $n^{+}\in N$ が1つ定まっている。
- $n\ne m$ ならば $n^{+}\ne m^{+}$ が成り立つ。
- $n^{+}=0$ となる $n\in N$ は存在しない。
- $N$ の部分集合 $S$ が次の(a)(b)を満たすなら、 $S=N$
(a) $0\in S$
(b) $s\in S$ ならば $s^{+}\in S$
このとき、 $N$ を自然数の集合といい、 $N$ の要素を自然数という。
こうして定義した自然数の集合を $\mathbb{N}$ で表し、各自然数については、 $0^{+}$ は $1$ と表す、 $1^{+}$ は $2$ と表す、…というように、ラベルを貼っていきます。
このようにして、「次の数」がどんどん決まっていくのが自然数の特徴でした。そういう意味では、今までの自然数の足し算との整合性も考えると、 $+1$ は「次の数」と対応させるのが自然でしょう。 $+2$ は「次の数の次の数」として、その後も、「次の数」をどんどん対応させていけばいいです。
また、 $+0$ は、もちろん、何もしないことに対応させるのが自然です。
これを1つ1つ書いていくのは大変だし、キリがありません。しかし、自然数系の一意性で見たような、次々と対応を決める関数の書き方がありました。再帰的定義です。これを利用することにしましょう。少しわかりにくいかもしれませんが、まずは関数の形で書いてから加法の定義を行います。
自然数の加法
以下を満たす関数 $f:\mathbb{N}\times \mathbb{N}\to \mathbb{N}$ が1つ存在する。
1. $f(x,0)=x$
2. $f(x,y^{+})=\left( f(x,y) \right)^{+}$
$\mathbb{N}$ 上の演算 $x+y=f(x,y)$ を自然数 $\mathbb{N}$ の加法といい、 $f(x,y)$ を $x$ と $y$ の和という。
$f:\mathbb{N}\times \mathbb{N}\to \mathbb{N}$ というのは、自然数2つに対して、ある1つの自然数を対応させる、ということを表しています。
抽象的に書いていますが、なぜこんな書き方なのでしょう。それは、「足し算をこう定義します」と書いてしまうと、「すでに足し算がある」ように見えてしまうからです。「こういう性質を満たすものがあるので、それを足し算と呼ぶことにしましょう」という流れであれば、そのような問題は起きません。数学ではこのような書き方をよく行います。1
抽象的な書き方ですが、順番に考えていくと難しいことは特にやっていません。
まず、 $x$ を固定します。1. にあたる $f(x,0)=x$ とは、 $0$ を足しても結果は変わらないことを表しています。
次の 2. を使えば、1を足したもの、つまり、$0^{+}$ を足したものは、 $0$ を足したものの次の数だとわかります。2. で、 $y=0$ とすればいいですね。
この 2. を繰り返し使えば、 $2=1^{+}$ や $3=2^{+}$ を足したものも順番に決まっていきます。 2. の左辺を求めるために、右辺を利用する、というわけです。
$+n$ とは、 $+1$ を $n$ 回繰り返したものと考え、さらに $+1$ とは「次の数を対応させること」と考えているわけですね。これは、今までの自然数の加法の結果と同じものになることは、すぐに予想できるでしょう(後で具体例を見ます)。
$x,y$ は無限個の組合せがあります。しかし、再帰的な定義を使えば、2つの性質を決めるだけですべてを定義することができるようになります。無限個のものを有限個で語るテクニックです。
定義だけを見ていても少しわかりにくいですが、定義の背景には、
- こういう性質を今後使いたい
- こういう都合のいい性質があると助かる
- 今までに定義したものだけを使って表したい
といった「気持ち」が込められています。その「気持ち」がわからないと、理解しにくく感じるでしょう。慣れるまでは難しいですが、大学以降の数学の本は、たいていこのような形式で書かれています。
こうした「気持ち」は、定義の中には書かれていません。場合によっては、定義の前後で説明されているかもしれません。講義では口頭で伝えられることもあります。しかし、完全に省略されていることも多いです。その場合は、勉強していく中で、自分で考えて気づいていくしかありません。
さて、このように定義すると、「みかんが2個あって、さらに3個もらった」などと考えてた頃より、ずいぶん抽象化されてわかりにくく感じるかもしれません。ただ、このように定義したおかげで、今まで「当然だ」と思っていたいろいろなものが、"証明"できるようになります。実際に見てみましょう。
イチ足すイチがニであることを証明する
自然数の加法を定義したので、それにのっとって、「 $1+1=2$ 」を証明してみましょう。 $1+1=2$ は定義ではなく、加法の定義から示せる内容です。
自然数の定義や加法の定義を使えば、次のように計算できます。
$1+1$
$=1+0^{+}$ (自然数の定義より)
$=(1+0)^{+}$ (加法の定義 2. より)
$=1^{+}$ (加法の定義 1. より)
$=2$ (自然数の定義より)
同じようにすれば、他の足し算も計算できます。
一般に、
$a+1$
$=a+0^{+}$ (自然数の定義より)
$=(a+0)^{+}$ (加法の定義 2. より)
$=a^{+}$ (加法の定義 1. より)
なので、 $a^{+}=a+1$ が成り立ちます。
自然数の加法の結合法則
自然数の加法には、次のような性質があります。
自然数の加法の結合法則
任意の $x,y,z\in \mathbb{N}$ に対し、以下が成り立つ。\[ (x+y)+z=x+(y+z) \]
足し算はどちらからやってもいいという、今までは、経験則的に「当たり前」で受け入れてきたものです。が、今となってはこれも証明することができます。
$x,y\in \mathbb{N}$ として、固定します。このとき、 $(x+y)+z=x+(y+z)$ を満たす $z\in \mathbb{N}$ の集合を $S$ とします。
$z=0$ とすると、左辺は $(x+y)+0=x+y$ となります(加法の定義1. より)。また、 $y+0=y$ なので、右辺も $x+(y+0)=x+y$ となり、同じになるから、 $0\in S$ です。
次に、 $z\in S$ とします。このとき、 $z^{+}\in S$ を示しましょう。
左辺は、加法の定義2. より、
$(x+y)+z^{+}=\lbrace (x+y)+z \rbrace^{+}$
となります。ここで、 $z\in S$ だから、右辺は
$\lbrace x+(y+z) \rbrace^{+}$
と等しいことがわかります。加法の定義2. より、これは
$x+(y+z)^{+}$
と等しくなります。
一方、右辺は
$x+(y+z^{+})$
と書けますが、加法の定義2. より、
$x+(y+z)^{+}$
と等しくなります。同じ式になるため、 $z^{+}\in S$ が示せました。
こうして、数学的帰納法の原理から、 $S=\mathbb{N}$ 、つまり、すべての自然数 $z$ について、 $(x+y)+z=x+(y+z)$ が成り立つことがわかりました。 $x,y$ は自然数なら何でもいいので、 $x,y,z\in \mathbb{N}$ のときに\[ (x+y)+z=x+(y+z) \]となることが示せました。
経験や直感などから結合法則が成り立つことを理解するのではなく、自然数や自然数の加法の定義を使って証明することができました。定義がうまくできているので、定義に使われている少ない項目から、たくさんの性質が導き出すことができます。
昔なら、「後は同じようにやればわかります」というようにすませていた部分は、数学的帰納法の原理によって、厳密に示せるようになっています。数学的帰納法の原理が強力であることがわかります。
自然数の加法の交換法則
自然数の加法には、次のような性質もあります。
自然数の加法の交換法則
任意の $x,y\in \mathbb{N}$ に対し、以下が成り立つ。\[x+y=y+x\]
今までは当然と考えてきたこの法則も、今では証明することができます。ただ、先ほどよりも少し面倒です。
数学的帰納法の原理を使う点は同じです。 $y$ を適当に選んで固定してから、 $x+y=y+x$ を $x$ についての数学的帰納法の原理で示します。そのためには、まず $x+y^{+} = x^{+}+y$ や $0+y=y+0$ が成り立つことを示しておいた方がいいので、これらを先に示します。
準備として、最初に次のことを示しましょう。自然数 $x$ を選んで固定し、次の式が任意の $y\in\mathbb{N}$ で成り立つことを示します。
「 $x+y^{+} = x^{+}+y$ 」
イメージで言うと、「xと"yの次の数"との和は、"xの次の数"とyとの和に等しい」ということで、「の次の数」をどちらにつけても結果が変わらない、という内容です。
さて、この「 $x+y^{+} = x^{+}+y$ 」を満たす $y\in \mathbb{N}$ の集合を $S$ とします。
$y=0$ とすると、左辺は $x+0^{+}=(x+0)^{+}=x^{+}$ であり、右辺は $x^{+}+0=x^{+}$ なので、一致します。よって、 $0\in S$ です。
次に、 $y\in S$ とします。このとき $y^{+}\in S$ となることを示します。
左辺は $x+(y^{+})^{+}=(x+y^{+})^{+}$ となります。 $y\in S$ なので、これは $(x^{+}+y)^{+}$ となり、加法の定義2. から、 $x^{+}+y^{+}$ と等しいことがわかります。よって、\[ x+(y^{+})^{+} = x^{+}+y^{+} \]が成り立つから、 $y^{+}\in S$ です。
以上から、数学的帰納法の原理より、任意の $y\in \mathbb{N}$ に対して、 $x+y^{+} = x^{+}+y$ が成り立つことがわかりました。 $x$ は何でもいいので、結局、次が示せました。
(*) 「任意の $x,y\in \mathbb{N}$ に対して、 $x+y^{+} = x^{+}+y$ が成り立つ」
続いて、次を示しましょう。
(*0) 「任意の $y\in \mathbb{N}$ に対して、 $0+y=y+0$ が成り立つ」
$y$ と $0$ の和は入れ替えてもいいという内容ですね。これも数学的帰納法の原理を使って示します。 $0+y=y+0$ を満たす $y$ の集合を $S$ とします。
$y=0$ のときは、両辺とも $0+0$ なので、当然成り立ちます。なので、 $0\in S$ です。また、 $y\in S$ とすると、 $$\begin{aligned} 0+y^{+} &= (0+y)^{+} \\[5pt] &= (y+0)^{+} \\[5pt] &= y+0^{+} \\[5pt] &= y^{+}+0 \\[5pt] \end{aligned}$$となります(1行目から2行目は $y\in S$ より。最後は(*)より)。よって、 $y^{+}\in S$ です。
以上から、数学的帰納法の原理より、(*0)が示せました。
これらを使って、本題に入っていきます。 $y\in \mathbb{N}$ を選び、固定します。次の (**) が任意の $x\in\mathbb{N}$ で成り立つことを、数学的帰納法の原理を使って示します。
(**) 「 $x+y=y+x$ 」
これを満たす $x\in\mathbb{N}$ の集合を $S$ とします。
まず、(*0) から、 $0+y=y+0$ なので、 $0\in S$ です。
また、 $x\in S$ とすると、 $$\begin{aligned} x^{+}+y &= x+y^{+} \\[5pt] &= (x+y)^{+} \\[5pt] &= (y+x)^{+} \\[5pt] &= y+x^{+} \\[5pt] \end{aligned}$$となります(1行目は、(*)より。2行目から3行目は $x\in S$ より)。よって、 $x^{+}\in S$ です。
以上から、任意の $x\in\mathbb{N}$ について、(**)が成り立ちます。 $y\in\mathbb{N}$ は自然数なら何でもいいので、これで、 $x,y\in\mathbb{N}$ に対して\[ x+y=y+x \]が成り立つことが示せました。
すごく複雑なことをやっているように見えるかもしれませんが、足し算をすべて「次の数」に引き戻して考えなおしているだけです。
結局、 $x+y$ も $y+x$ も、「 $0$ の次の次の次の…次の数(「次の」は $x+y$ 個)」なので、同じ数を指すことになるのは当たり前です。
これを厳密に示すには、今手元にある一番強力なアイテムが数学的帰納法の原理なので、これが使えるように、問題を小さいステップに分けているわけです。
自然数の加法の簡約法則
最後に、自然数の加法に関する次の性質を示しておきましょう。
自然数の加法の簡約法則
$x,y,z\in \mathbb{N}$ とする。このとき、 $x+z=y+z$ ならば $x=y$ が成り立つ。
これも数学的帰納法の原理を使って示します。 $z$ について、数学的帰納法の原理を使って、次を示すことにします。
(*) 「 $x,y\in \mathbb{N}$ とする。このとき、 $x+z=y+z$ ならば $x=y$ が成り立つ。」
(*) を満たす $z$ の集合を $S$ とします。
$z=0$ のとき、 $x+z=y+z$ ならば、 $x+z=x+0=x$ であり、 $y+z=y+0=y$ なので、 $x=y$ となります。よって、 $0\in S$ です。
また、 $z\in S$ とします。このとき、 $x+z^{+}=y+z^{+}$ とすると、加法の定義から、左辺は $(x+z)^{+}$ であり、右辺は $(y+z)^{+}$ です。自然数の定義(単射性)から、\[ x+z=y+z \]となることがわかりますが、 $z\in S$ なので、 $x=y$ となります。よって、 $z^{+}\in S$ となります。
$x,y$ は自然数ならなんでもいいので、以上から、簡約法則が示せました。
これで証明は終わりですが、ここで1つ注意です。これは「 $x+z=y+z$ なら、両辺から $z$ を引いてもいい」ということではありません。このサイトでは加法は定義しましたが、減法はまだ定義していません。なので、「引く」という概念がまだないので使えません。
例えば、 $a+2=5$ だからといって $a=5-2$ とは(まだ)できません。 $5=3+2$ だから、 $a+2=3+2$ より $+2$ を取り除いて、 $a=3$ とすることはできます。実質的に同じことのように思うかもしれませんが、引き算を使っているかどうかが違います。
最終的には前者のような計算もできるように構成していくのですが、現時点では後者はできますが前者はできません。
おわりに
ここでは、自然数の加法の定義を行い、いくつかの性質を見てきました。どれも、今までの自然数の話としては当たり前ですが、大事なのは、新しい定義でも成り立っているということ、そして、新しい定義から導かれていることです。再構成がうまくいっていることを確認しながら進めていきましょう。
次は、自然数の順序について見ていきます。
-
ただこう書くのは今回だけで、今後は「〇〇をこのように定義します」と書きます。 ↩