自然数を構成するためのアイデア
ここでは、自然数とは何かを考えて、構成例を軽く見ていくことにします。そうして、自然数の定義について考えるための布石を打っておくことにします。
自然数は何だと教わってきたか
中学数学や高校数学の教科書を見ると、「 $1,2,3,\cdots $ を自然数という」などと書かれています。この $1,2,3,\cdots$ とは、どうやって登場してきたものなのでしょうか。
日常生活で、「数」を一番よく使う場面は、個数を数えるときでしょう。「数」えるときに使うから「数」。わかりやすいです。小学校の教科書でも、みかんなどの絵が描いてあって、1個のみかんの下には「1」、2個のみかんの下には「2」などと対応付けられていたことでしょう。
歴史的に見ても、長い間、自然数は、個数を表すものだと考えられていました。
ただ、「数は個数を表すもの」と考えていると、場面によってはまずいことも起こります。例えば、負の数を理解するのが難しくなります。
実際、負の数は、昔の人々にはなかなか受け入れられませんでした。例えば、17世紀の数学者パスカル(「人間は考える葦である」とか「パスカルの三角形」で有名なあのパスカル)は、「0から4を引けば0である」と考えていました。このように、数学者であっても負の数に対して否定的な(negative)態度をとる人はいました。負の数に negative number と名付けられるのも偶然ではないかもしれません。
中学数学の序盤で出てくるハードルの一つに、「マイナス×マイナスがなぜプラスになるか」というものがあります。これも、個数をベースに考えていると直感的に理解するのが難しい例といえるでしょう。
このように、「数とは個数のことだ」と考えるのは、自然な発想ではあるものの、弊害もあります。現実世界での「モノの個数」を見ながら、それをそのまま「数」だと考えていたのがいけなかったのです。そこで、現代数学では、現実世界からは独立して、数学の世界の言葉で「数」を生み出すことを考えていくようになります。
数学で扱ういろいろなものを厳密に定義していかないといけない、数学の世界の言葉で定義していかないといけない、という流れは、集合や論理などいろいろな分野で19世紀ごろから進んできました。自然数についても、きちんと定義されるようになったのは、19世紀の終わりころの話です。
自然数を構成するアイデア
ここからは、「自然数は個数を表すもの」をベースに考えるのではなく、現実世界から独立して数学の言葉で「自然数」を考えていきます。と言っても、具体的にどうするのでしょう。例えば「3」を説明したい場合に、3個のみかんを描いて「これが3だよ」とは言えなくなってしまった世界で、何を3だと言えばいいのでしょうか。
みかんを3個描くのがダメでも、数学の世界で、何かを3個集めて「3」を対応させるのはどうでしょうか。集めるといえば、数学の世界には「集合」があります。これを利用して、「要素が3個ある集合」を書いて、「これが3のことだよ」とでもすればよさそうです。
$3$ : $\lbrace$ 何らかの要素、別の要素、さらに違う別の要素 $\rbrace$
「これって、みかん3個が要素3個に代わっただけで、数を個数だと考えていることに変わりはないのでは?」と思うかもしれません。しかし、今はわかりやすいようにこのように書いているだけで、後では個数とは独立した形で自然数を定義することになります。とりあえず今は、個数の名残りを感じながら読み進めていきましょう。
上の発想で行くと、「1」は、こういう表し方になるでしょう。
$1$ : $\lbrace$ 何らかの要素 $\rbrace$
ここで、「何らかの要素」は何がいいか考えてみましょう。何でもいいのですが、自然数を考えるために新しい何かを追加するのもイマイチです。そういえば、集合の世界には、特別な集合「空集合」というものがすでにあります。これを使いましょう。つまり、こうします。
$1$ : $\lbrace \varnothing \rbrace$
空集合が1個入っている集合を $1$ だと思うわけです。ややこしいですが、空集合が1個入っているこの集合自体は空集合ではありません。空集合が1個入っている集合なので、中身は空ではないのだから、これ自体は空集合ではありません。
$1$ とこの集合を対応させるなら、空集合そのものにも、 $0$ を対応させるのが自然でしょう。
$0$ : $\varnothing$
こう書けば、先ほどの $1$ は次のようにも書けます。
$1$ : $\lbrace 0\rbrace$
では、 $2$ はどうすればいいでしょう。要素が2個ある集合を対応させるのが自然そうですが、今まさに $0$ と $1$ を作ったのだから、この2個を使い回すのがいいでしょう。
$2$ : $\lbrace 0, 1\rbrace$
先ほど、 $3$ は「何らかの要素」などと書いていましたが、これも、今作った3つを使い回せばいいですね。
$3$ : $\lbrace 0, 1, 2 \rbrace$
このようにしてどんどん作っていくことができます。
少しわかりにくくなりますが、空集合から作った形で書けば、このようになります。
$0$ : $\varnothing$
$1$ : $\lbrace \varnothing \rbrace$
$2$ : $\lbrace \varnothing, \lbrace \varnothing \rbrace \rbrace$
$3$ : $\lbrace \varnothing, \lbrace \varnothing \rbrace, \lbrace \varnothing, \lbrace \varnothing \rbrace \rbrace \rbrace$
$\varnothing$ と $0$ とを対応させ、その後は、 $n \cup \lbrace n \rbrace $ と「 $n$ の次の数」とを対応させています。 $n \cup \lbrace n \rbrace $ とは、 $n$ の各要素と、それらをひとまとめにしたもの、この両者をまとめた集合です。
慣れないうちは難しく感じるかもしれませんが、大したことはやっていません。 $n$ まで定義できたとして、 $0$ から $n$ までの $n+1$ 個の要素を使って「 $n+1$ 個の要素を持つ集合 」を作り、これと $n+1$ とを対応させているだけです。
このようにして、集合の言葉で書いたものを使って、自然数を対応させることができそうです。
空集合ばかりで見にくいという人は、空集合を空ファイル、集合をフォルダだと思って考えてみましょう。
「自然数フォルダ」を作って、その下に移動します。次に、空ファイルを作り、0という名前を付けます。
次に、「1」という名前の新しいフォルダを作って、「0」をコピーしてそのフォルダの下に貼り付けます。
さらに、「2」という名前の新しいフォルダを作って、「0」「1」をコピーしてそのフォルダの下に貼り付けます。
続いて、「3」という名前の新しいフォルダを作って、「0」「1」「2」をコピーしてそのフォルダの下に貼り付けます。
以下、繰り返していけば、自然数フォルダの下は、次のようになります。各数字 $n$ の直下(下全部ではなく、1つ下だけ)には、 $n$ 個のファイル・フォルダがある、という状況になります。
自然数フォルダ
自然数 ├── 0 ├── 1 │ └── 0 ├── 2 │ ├── 0 │ └── 1 │ └── 0 ├── 3 │ ├── 0 │ ├── 1 │ │ └── 0 │ └── 2 │ ├── 0 │ └── 1 │ └── 0 ├── …
見た目が違いますが、空集合から作っているものと同じ構造になります。
この「空集合から作っていく方法」は、 フォン・ノイマン(von Neumann)による自然数の構成方法 です。この構成方法からもわかる通り、 $0$ も自然数としています。高校までの数学では $0$ は自然数に含めません(「個数」だと考えれば $1$ から始めるのが自然でしょう)が、現代数学では、上のような自然数の構成方法から、 $0$ も自然数と考えることが一般的です。
これは、高校までの数学が正しくて大学以降の数学が正しい、という意味ではありません。0を自然数に入れるかどうかはキメの問題なので、どちらが正解とか、どちらが偉いといったことはありません。
自然数を構成するアイデアその2
みかん3個の図が、 $\varnothing$ だらけとなり、すっかり形を変えてしまったわけですが、他にも構成方法は考えられます。上の方法は「要素数」に注目していますが、「深さ」に注目して次のように構成することも可能でしょう。
$0$ : $\varnothing$
$1$ : $\lbrace \varnothing \rbrace $
$2$ : $\lbrace \lbrace \varnothing \rbrace \rbrace $
$3$ : $\lbrace \lbrace \lbrace \varnothing \rbrace \rbrace \rbrace $
「 $\varnothing$ の前後に、何組の波かっこがあるか」という発想です。 $n$ の次の数は $\lbrace n \rbrace $ で表しているので、波かっこの組の数と対応していることがわかります。こちらのほうがシンプルですね。
なお、先ほどと同じように、ファイル・フォルダを使えば、次のような構造に対応します。
自然数フォルダ
自然数 ├── 0 ├── 1 │ └── 0 ├── 2 │ └── 1 │ └── 0 ├── 3 │ └── 2 │ └── 1 │ └── 0 ├── …
0を1の下にコピペ、1を2の下にコピペ、2を3の下にコピペ、というようになっています。先ほどとは違った作り方です。
この、 $n$ の次の数に $\lbrace n \rbrace $ を対応させる方法は、 ツェルメロ(Zermelo)による自然数の構成方法 です。
なぜ構成方法が複数あるのか
ここで、不思議に思う人がいるかもしれません。なぜ2つも構成方法があるのか、と。しかも、構成方法がぜんぜん違います。
見た目が違っているけど構造が同じ、というわけでもありません。実際、集合をよく見れば、フォン・ノイマンの方法で作ると $1\in 3$ ですが、ツェルメロの方法では $1\not\in 3$ です。ファイルの例でいえば、フォン・ノイマンの方法では、3の直下に1がありますが、ツェルメロの方法では、3の直下に1はありません。構造は異なっています。
構造は確かに違っているのですが、後でわかるように、実際には問題はありません。問題は構造の違いではなく、「僕がまだ自然数の定義を書いていないこと」なのです。定義を書いていないので、「これらの構成方法が違っていても問題ない」と言えない状態なんですね。
現代数学での自然数の定義は、「こういう性質を満たしているものを自然数と言う」といった形で行われます。「こういうふうに作ったものが自然数だ」といった唯一の構成方法があるわけではなく、抽象的で自由度のある内容になっています。なので、構成方法も複数ありえますし、実際に複数あります。
「個数を数える」という考えから離れて定義することになるのですが、もちろん、今まで使っていた自然数と同じように「個数を数える」ときにも使える定義になっています。
それがどういう定義なのかは、次の自然数の定義で見ていくことにします。
おわりに
ここでは、自然数を構成するアイデアを見てきました。これを受けて、次の自然数の定義では本格的に自然数の定義について考えていきます。
このページは自然数の定義を考えるための準備が目的ですが、自然数に0を含めることが自然だと感じてもらうことや自然数の構成が1通りでないことを知ってもらうことなども狙っています。