自然数の乗法
自然数の加法に続いて、自然数の乗法の定義を行い、いくつかの性質を見ていくことにします。
自然数の乗法の定義
このシリーズでは、自然数の定義を行った後、自然数の加法を定義しました。その次として、乗法、つまり、掛け算を定義しましょう。
小学生の時、何回も同じ数字を足すことを掛け算で表すことを習いました。この発想を使います。また、定義には、加法のときと同じように再帰的定義を使うことにしましょう。加法のときを見ながらであれば、次のように定義するのが自然でしょう。
定義 (自然数の乗法)
以下を満たす関数 $f:\mathbb{N}\times \mathbb{N}\to \mathbb{N}$ が1つ存在する。
- $f(x,0)=0$
- $f(x,y^{+})=f(x,y)+x$
$\mathbb{N}$ 上の演算 $x\cdot y=f(x,y)$ を自然数 $\mathbb{N}$ の乗法といい、 $f(x,y)$ を $x$ と $y$ の積という。
1. は、「0を掛けたら結果は0」ということを表しています。2. は、わかりやすく翻訳すると、「 $x$ と $y$ の次の数との積は、 $x$ と $y$ との積に $x$ を足したもの」ということです。「 $x$ を $y$ 個足したものが $x\cdot y$ 」と定義しているわけではないですが、実質的にこれと同じことをやっています。
わかりやすく書きなおせば、上の2つの式は次のようになります。
- $x\cdot 0 = 0$
- $x\cdot y^{+} = x\cdot y+x$
まず、各 $x$ に対して $y=0$ としたときの $x\cdot y$ が決まります。続いて、 $0^{+}$ との積, $(0^{+})^{+}$ との積, … と定義していけば、すべての自然数に対して上の性質を満たすものが作成できます。こうして、次々に積を定義することができます。
なお、 $x\cdot y$ は、 $x\times y$ や $xy$ とも書きます。
具体的な乗法の計算
定義の確認と、今後使うための準備とを兼ねて、いくつか具体的な乗法の計算をしておきましょう。
例えば、 $2\times 3$ は次のような計算となります。
$2\times 3$
$=2\times 2^{+}$
$=2\times 2 +2$ (乗法の定義2)
$=2\times 1^{+} +2$
$=2\times 1 +2 +2$ (乗法の定義2)
$=2\times 0^{+} +2 +2$
$=2\times 0 +2 +2 +2$ (乗法の定義2)
$=0+2 +2 +2$ (乗法の定義1)
$=2 +2 +2$
$=4+2$
$=6$
丁寧にやるとこうですが、今までに使ってきた自然数の乗法と同じ結果になります。
以下では、この新しく定義した積の性質をいくつか見ていきましょう。
定理 (0との積)
任意の $x\in\mathbb{N}$ に対して次が成り立つ。
- $x\cdot 0=0$
- $0\cdot x=0$
$x\cdot 0$ は、乗法の定義そのままです。2つ目は $$\begin{aligned} 0\cdot x^{+} &= 0\cdot x+0 \\[5pt] &= 0\cdot x \end{aligned}$$なので、数学的帰納法から成り立つことがわかります。
定理 (1との積)
任意の $x\in\mathbb{N}$ に対して次が成り立つ。
- $x\cdot 1=x$
- $1\cdot x=x$
$x\cdot 1$ は、乗法の定義から、 $$\begin{aligned} x\cdot 1 &= x\cdot 0^{+} \\[5pt] &= x\cdot 0+x \\[5pt] &= 0+x \\[5pt] &= x \end{aligned}$$となることからわかります。
2つ目を考えます。 $1\cdot 0=0$ は定理(0との積)からわかります。また、 $1\cdot x=x$ とすると、 $$\begin{aligned} 1\cdot x^{+} &= 1\cdot x+1 \\[5pt] &= x+1 \\[5pt] &= x^{+} \end{aligned}$$なので、数学的帰納法から成り立つことがわかります。
定理 (次の数との積)
任意の $x,y\in\mathbb{N}$ に対して次が成り立つ。
- $x\cdot y^{+}=xy+x$
- $x^{+}\cdot y=xy+y$
1つ目は乗法の定義から成り立ちます。
2つ目を考えます。 $x$ をとめて、 $y$ に関する数学帰納法で考えます。
$y=0$ のときは $x^{+} \cdot 0=0$, $x\cdot 0+0=0$ となる(定理(0との積)より)ので、成り立ちます。
また、 $x^{+}\cdot y=xy+y$ とすると、 $y$ を $y^{+}$ と変えたときの左辺は
$x^{+}\cdot y^{+}$
$=x^{+}\cdot y +x^{+}$ (乗法の定義)
$=x^{+}\cdot y +x+1$
$=x\cdot y +y +x+1$ (数学的帰納法の仮定)
となります。
一方、右辺は
$x\cdot y^{+} + y^{+}$
$=x\cdot y +x +y^{+}$ (乗法の定義)
$=x\cdot y +x + y + 1$
なので、加法の結合法則・交換法則から、両辺が等しくなることがわかります。よって、数学的帰納法から、この定理が成り立つことがわかります。
自然数の乗法の交換法則
定理 (自然数の乗法の交換法則)
任意の $x,y\in\mathbb{N}$ に対して次が成り立つ。\[ xy=yx \]
$y$ を固定して、 $x$ に関する数学的帰納法で考えます。
$x=0$ のときは $x\cdot 0=0\cdot x$ を示せばいいですが、先ほど見たように、積はどちらも $0$ になるので、この等式が成り立つことがわかります。
$x=k$ のときに $ky=yk$ とします。このとき
$k^{+}y=ky+y$ (定理(次の数との積)より)
$yk^{+}=yk+y$ (乗法の定義より)
であり、数学的帰納法の仮定から、 $k^{+}y=yk^{+}$ となることがわかります。
以上から、数学的帰納法より、 $xy=yx$ が成り立つことが示せました。
自然数の分配法則
定理 (自然数の分配法則)
任意の $x,y,z\in\mathbb{N}$ に対して次が成り立つ。
- $x(y+z) = xy+xz$
- $(x+y)z = xz+yz$
まずは、1つ目を考えます。 $x,y$ を固定して、 $z$ に関する数学的帰納法で考えます。
$z=0$ のとき、左辺は $x(y+0)=xy$ です。また、右辺は $xy+x\cdot 0=xy$ です。なので、成り立ちます。
$z=k$ のとき $x(y+k)=xy+xk$ とします。 $z=k^{+}$ とすると、左辺は
$x(y+k^{+})$
$=x(y+k)^{+}$ (加法の定義)
$=x(y+k)+x$ (乗法の定義)
$=xy+xk+x$ (数学的帰納法の仮定)
となります。
一方、右辺は
$xy+xk^{+}$
$=xy+xk+x$ (乗法の定義)
となるので、このときも成り立ちます。
以上から、数学的帰納法より\[ x(y+z)=xy+xz \]が成り立つことがわかりました。
2つ目は、交換法則が成り立つことを使うと、次のように示せます。
$(x+y)z$
$=z(x+y)$ (乗法の交換法則)
$=zx+zy$ (分配法則1つ目)
$=xz+yz$ (乗法の交換法則)
こうして2つ目が成り立つことがわかります。
分配法則がなぜ成り立つのかをさかのぼって考えていくと、乗法の定義にたどりつきます。定義の2つ目は
$x\cdot y^{+} = x\cdot y+x$
ということですが、これを書き直すと
$x\cdot (y+1) = x\cdot y+x$
とも書けます。つまり、上で書いた分配法則で、 $z=1$ としたものが定義に使われていたことになります。なので、分配法則は、乗法の定義から自然と導かれるものだと考えることができます。
自然数の乗法の結合法則
定理 (自然数の乗法の結合法則)
任意の $x,y,z\in\mathbb{N}$ に対して次が成り立つ。\[ (xy)z=x(yz) \]
掛け算はどちらから計算しても同じ、という内容です。
これも、 $z$ に関する数学的帰納法で示します。
$z=0$ のときは、両辺とも $0$ になるので成り立つことがわかります。
$z=k$ のときに $(xy)k=x(yk)$ が成り立つとすると、 $z=k^{+}$ のとき、左辺は
$(xy)k^{+}$
$=(xy)k+xy$ (乗法の定義)
$=x(yk)+xy$ (数学的帰納法の仮定)
となります。
一方、右辺は、
$x(yk^{+})$
$=x(yk+y)$ (乗法の定義)
$=x(yk)+xy$ (分配法則)
となり、 $(xy)k^{+}=x(yk^{+})$ が成り立つことがわかります。
以上から、数学的帰納法より\[ (xy)z=x(yz) \]となることがわかります。
おわりに
ここでは、自然数の乗法の定義、そして基本的な性質をいくつか見てきました。ここでも、乗法の性質を確認するには、数学的帰納法が大いに活躍することがわかります。